1872年に現在の太陽暦が採用されるまで、日本では太陰太陽暦に基づいた生活をしていました。これは月の満ち欠けを主としながら太陽がもたらす四季を合わせて作成した暦で、一般に旧暦といっています。このため旧暦時代と現在とではほぼ1カ月のずれが生じるので、今でも正月などの行事は旧暦に基づいて行っている地方もあります。また四季の移り変わりを暦上に現わすのに、立春、夏至、小寒などの24節があり、これを目安に日本人は装いを変えたり季節を迎える準備をしたりします。日に吉凶を定める六曜は、縁起の良い日悪い日が6日ごとに繰り返され、日本人はこれによって結婚式葬式の日取りを決めるのです。




印鑑

印鑑は、直径1〜2センチ、長さ5〜6センチほどの円筒状のものの底面に、名前の漢字をデザイン化して彫り込んだものです。材質は木が普通ですが、象牙や水晶も使用します。底面に朱肉をつけて書類に押します。

欧米では本人のサインが重要視されますが、日本では印鑑がそれに代わります。公的文書で、意思確認と本人の同一性の証明とされる実印は、役所に登録されています。その重要性のために象徴的な意味合いが生じ、大きさにこだわったり、高級な材質のものを作ったりする人も少なくありません。一方、これとは別に、略式の用途に使われる印鑑もあり、それらは認印と呼ばれます。




名刺

名刺には氏名、会社名、役職名、会社の住所と電話番号などが印刷されています。日本ではビジネス上の人間関係は、互いの名刺を交換することから始まります。

連絡を取りたいときに便利な上、相手の会社や所属と地位を確認するのにも欠かせません。最近ではそれをもとにデータ・ベースを作成するためのパソコン・ソフトもあり、趣味などの個人情報もインプットできます。

かつて名刺は画一的なデザインのものが多かったのですが、最近では個性をアピールするために、紙の質や色、レイアウトなどにさまざまな意匠を凝らした名刺も使われるようになっています。




住環境

日本の伝統的な家屋は木で作られていて、室内は地上30センチ〜40センチほど高く、が敷いてあります。高温多湿の夏季に適した構造を持っています。1960年代までは、鉄筋コンクリート建ての高層住宅はごく限られた地域にしかありませんでした。しかし、人口の都市集中と、狭い土地を活用するためには団地という高層住宅群を作らざるをえなくなり、現在では民間のものも含めた高層住宅が全国各地に見られます。木造住宅と違い、高層住宅は密閉されているため、夏は冷房が必須の設備となりました。室内の構造も畳部屋と床とが半々になり、畳部屋が少なくなるとともに、日本の伝統的な習慣もすたれつつあります。




団地

団地は中層から高層の集合住宅が計画的に建設されたものです。人口が集中した都市部における深刻な住宅不足への対策として、建設されるようになりました。住民に必要な公共施設も取り込んで、総合的な住環境の創造を目指したものですが、居住面積の狭さ、高層部に住むことにより及ぼされるいくつかの影響、周辺の既成住宅地の住民との摩擦など、さまざまな問題が指摘されてきました。

都市部の住宅問題は依然として解決されていないため、入居希望者は非常に多く、入居者は抽選で決められます。しかし最近は、都心部から遠く狭い団地は敬遠されるようになってきています。




町内会

町内会は地域住民の自治組織です。第2次大戦中は、軍国主義政権の末端組織として機能していたため、戦後廃止されましたが、配給などの処理のために自主的に再組織され、現在に至っています。法的に定められた組織ではなく、会員から集めた会費で運営されています。

現在の町内会の仕事は、防災、防犯、衛生に関するものが主で、地方行政の下部組織としての役割を果しています。情報は回覧板と呼ばれる書類ばさみにまとめられ、各家庭で回覧されたり、路上の掲示板で伝達されたりします。

また、ゴミ置き場の清掃などの共益的な活動も、多くの場合、町内会の管理で行われています。




核家族

「核家族」とは文化人類学の用語で、夫婦と子供だけの家族を意味しますが、日本では社会問題を考える際のキーワードとして、広く使われています。1960年代を中心とする高度経済成長期に、都市部では地方から単身で出てきた若者が家庭を作ることが多かったため、必然的に夫婦と子供だけの核家族が増えました。また都市部の住宅事情のもとでは大家族が一緒に住むことは困難だったため、核家族とならざるを得ませんでした。この核家族は、一方ではニューファミリーと称され、消費社会の担い手となって文化風俗をリードしてきましたが、他方では、取り残された老人が孤独とならざるを得ない状況を生んできたのです。




銭湯

料金を払って入る公衆浴場のことですが、歴史は古く、江戸時代(1603〜1867)にさかのぼります。江戸(今の東京)は18世紀前半には人口100万人を超え、大都会としての機能を備えていました。銭湯も都会に必要な共同施設として、また地域住民の社交場として栄えたのです。江戸時代の滑稽本や浮世絵などに、よく銭湯の場面が描写されています。近代以降も銭湯の必要性は高く、利用者もたくさんいましたが、戦後の高度経済成長期以後は、ほとんどの家に風呂が付き、アパートも風呂付きが増えて銭湯は急激に減少してしまいました。現在、銭湯は生き残りをかけてサウナや健康器具を設備し、変貌を遂げつつあります。




学歴社会

日本の社会は長く学歴が重視されてきました。就職の際に大学名が重要視されたり、組織内の人事に学閥の力関係が影響を与えることも少なくありません。実際の能力そのものより学歴が重視されるため弊害が多く、最近は学歴にこだわらず広く人材を求めるようになりつつあります。高級官僚には東大卒が多いため、最近は他大学卒業者を多く採用するよう、総理大臣自ら指導したほどです。




就職活動

大学・短大生の就職活動は、最終学年になる少し前から始まります。まず会社案内を読んで各企業の情報を得た後、会社説明会に出席したり会社訪問をしたりして志望先を絞り込みます。そして筆記試験や面接で合格すれば、非公式の採用通知である内定をもらうという手順で行われます。学生の多くは、夏休みが終わるころまでには就職先が決まります。