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初詣とは、新年に初めて寺社へお参りすることです。日本では、特に仏教や神道の信者でなくても、正月にはその年の健康や幸せを祈るために寺社にお参りに行くという習慣があります。初詣の際はさい銭を捧げ、おみくじをひいたり、縁起物を買ったりします。有名な寺社は大変な人出になり、テレビのニュースでも必ず放映されます。
日本では昔から、外来の仏教と民俗宗教である神道が、時には合成されたりして共存してきました。仏教は有神教ではなく、一方神道は自然崇拝を主としているため、合成されても矛盾が生じなかったのです。これを神仏習合といいます。6世紀の仏教伝来以降、仏教寺院の建設を神社が補助するなど、この傾向は長く続きました。 日本が近代国家として発足するとき(1868年)に政府が神道強化の方針をとったため神仏習合が禁止されたこともありましたが、現在でも、同一家庭内に仏壇と神棚の両方が置かれていたり、結婚式は神式で挙げるのに葬式は仏式で行うといったことが、ごくふつうに行われています。
道祖神とは、悪霊を防いで通行人を保護したり、旅の安全を守ったりする神で、道端や道の分かれ目に立てられています。神体は石造りで、主に「道祖神」などの文字が彫られたり、男女の姿が浮き彫りになっていたりします。もともとは村の内と外を区別し、悪霊などの侵入を防ぐ村の守り神とされていたようですが、今では男女の縁結びの神だとか、子供と親しむ優しい神だともいわれています。
釈迦が亡くなった後、弥勒菩薩が出現するまでの間、この世の生き物すべてを救うとされています。日本では特に高さ1メートル前後の地蔵の石像が、境界神として町や村の境や辻に建てられています。子供が死ぬと死後の魂を救済するともいわれ、子供の交通事故現場に建てられることもあります。今も多くの人に敬愛され、親しみをこめて「お地蔵さん」と呼ばれます。
縁日は特定の神仏に縁のある日で、その日に寺社に参拝すると特別な利益があるといわれています。大勢の人が集まりますが、その多くは宗教的背景は特に意識せず、立ち並ぶ露店を楽しみにやってくる人々です。昔懐かしい食べ物や玩具、ゲームの店が軒を並べ、とりわけ夏の夜は、夕涼みを兼ねて浴衣姿で縁日に繰り出す人も多く、夏ならではの独特の雰囲気が味わえます。
酉の市は、11月の特定の日に神社で行われる祭りで、 「お酉様」とも呼ばれます。本来は、開運・商売繁盛の神をまつる 鷲 神社の祭りでしたが、現在はほかの神社でも行われています。酉の日は11月に2回か3回あり、順に「一の酉、二の酉、三の酉」といいます。その日は神社の境内に、縁起物の熊手などを売る露店がたくさん出店されます。
十干十二支とは時間と空間を秩序づける方法で、古代中国で作られました。十干と呼ばれる10個の記号と、十二支と呼ばれる12個の記号を、単独または組み合わせて日付や年、月、時刻、方位を表します。十干と十二支を合わせて干支ともいいますが、今では主に十二支のみをさして干支と呼び、その記号には子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の12種類の動物が当てられています。「戌年の生まれ」というように年齢を表したり、年賀状にその年を表す動物を描いたりします。なお、60歳になると、10進法である十干と12進法である十二支が一巡して元の年に還ることから、還暦として祝う習慣があります。
陰陽道とは、自然現象を解き明かすことによって人間の吉凶を判断し災厄を避ける方術で、中国から伝来しました。天文学や暦法と密接な結び付きがあり、さまざまな祭りや祓が行われます。日本では平安時代(794〜1185)に最も盛んになり、陰陽道の影響から、方位にまで吉凶を意識するようになりました。その後さらに、大安や仏滅などのように日に吉凶を設けるようになりました。結婚式には万事に凶であるとされる仏滅の日を避け、万事良しとされる大安の日を選んだり、葬式は友を引くとされる友引の日を避けて行うなど、現代生活においてもその考えが生きているものも多くあるのです。
キリスト教は1549年に伝来し、カトリック教会のイエズス会士、フランシスコ・ザビエルが布教を始めました。16世紀末には時の最高権力者豊臣秀吉が封建制度の確立の妨げになるとして厳しく弾圧し、第2次世界大戦中には外来宗教として排撃されたりした歴史もありました。現在はもちろん憲法で宗教の自由が認められています。キリスト教信者の割合は仏教系に比べるとごく少ないものの、一定の社会的地位を築き、さまざまな活動をしています。特に教育面では、幼稚園から大学までキリスト教に基づいた教育を行っている私立学校も多く、また文学では遠藤周作などの世界的に知られたクリスチャンの小説家もいます。
だるまは、南インドに生まれ中国に渡った禅宗の始祖達磨の座禅姿を表した、手足のない人形です。達磨は9年もの間、石の上で座禅を組んで瞑想し続けたために足が萎え、歩くことができなくなったと言われています。 だるまの多くは張り子細工で、顔以外は赤く塗られています。底は重く、起き上がりこぼしになっています。倒しても元通りに起き上がるため、開運の縁起物の1つとされています。ふつう目は白く、願いがかなったときに目玉を描き入れる、という習わしがあります。