日本人は稲作民族であり、2千年以上前から稲から取れる米を主食として生活してきました。従って、米は日本の農業の中で最も重要な作物であり、日本文化の基底には米に関係したものが多いのです。米から酒を作り、もち米から餅を作り、せんべいや団子も作ります。おめでたいときには赤飯を食べ、または神に供えます。ピクニックなどにはおむすびを持って行くし、腐らないように酢を混ぜてさまざまな種類のすしを作ります。また、米を収穫した後の稲の茎は「ワラ」として、履物のわらじや蓑などを作り、屋根をふく材料にも利用されていました。
日本列島は海に囲まれているため海産物が豊富に採れ、特に魚類は日本人の食生活に欠かせません。新鮮な魚が入手できるため生のまま食べる料理―刺身やすしなどは人気のある料理です。そのほかに焼いたり煮たりする調理法が盛んで、西洋料理のように蒸したり揚げたりする料理は多くありません。また、魚は文化とも深く関係しています。鯛は1匹をまるごと焼くと縁起が良いとされ、結婚式などでは必ず出されますし、海老は尾が曲がっているため腰が曲がるほど長生きすることにたとえられて、やはり縁起が良いとされています。
伝統的な麺類としてはうどんとそばの2種類があります。うどんは小麦粉を原料とし、主に京都や大阪を含む西側に盛んです。そばは寒くても土地がやせていても比較的栽培しやすい植物で、その実からそば粉を作り、練ってから細く切って食べます。主に東京を含む東側で好まれます。それぞれ温かい汁に入れてさまざまな具と共に調理します。夏は冷たい汁につけて食べます。最近は中華料理の麺類の一種であるラーメンが、日本的な調理法で急速に日本人の味覚に浸透しています。特に即席ラーメンはわずか数十年で国民的な愛好を得ました。これは今や「ヌードルスープ」として世界中で販売されています。
日本料理はふつうご飯を小さな茶碗に盛り、おかずはほかの皿などに盛られて食卓に出されますが、丼物は茶碗より大きな丼にご飯を入れ、上にさまざまな具をのせたもので、これ1つで食事を済ますことができます。代表的な具は、天ぷら、とんかつ、うなぎ、鶏肉、卵、まぐろ刺身などです。都会では最近丼物専門店が多くなり、メニューも豊富です。牛肉を調理して丼物にした「牛丼」の店は、アメリカやヨーロッパにも進出しています。
日本文化は「和の文化」ともいわれ、仲間同士の和を大事にします。その和を確認するために仲間が集まって酒を飲み、食事をするのはその文化の型の1つですが、そんな集まりに鍋料理は適しています。鍋の中に汁と具を入れて温め、それを囲んで4〜5人が適当に鍋の中から具と汁を自分の食器に取って食べます。仲間意識が持て、話もはずみます。具も汁もさまざまな種類があり、家庭の数と同じだけ味や作り方の種類があるとさえいえます。代表的な具としては魚、貝類、あらゆる野菜、肉類などで、汁は味噌や醤油などで味付けされます。
肉を使った現代日本の代表的な料理の1つです。日本人には仏教の教えにより伝統的に獣肉食を嫌悪する習慣がありました。しかし、明治時代(1868〜1912)に西洋料理が日本に入って肉を食べることがタブーではなくなり、このすき焼きも盛んになりました。牛肉と野菜や豆腐を鉄鍋に入れて醤油と砂糖の味付けで温め、生卵につけて食べます。
この名称は、この料理の特徴を良く表しています。極めて薄い肉を沸騰したお湯につけて左右に軽く振るときに出る音が日本人には「しゃぶしゃぶ」と聞こえるのです。極上質の牛肉を1〜2ミリに切って皿に並べ、食べるときに一片を沸騰したお湯につけると3〜4秒で肉の色が変わります。これを醤油ベースのたれやゴマだれにつけて食べます。
現代日本の代表的な料理の1つ。魚や貝、野菜などに小麦粉を水で溶いた衣を付けて、熱した植物油の中に入れて揚げ、専用のつゆにつけて食べます。小麦粉を直接付けて揚げるフライと違って、さっぱりとした味が特徴。材料もバラエティーに富み、店でも家庭でも、その場で作りながら食べる方法が最もおいしく食べられます。天ぷら丼(天丼)は庶民的な人気メニューです。
日本料理の特徴の1つは、材料をなるべく新鮮なまま料理に生かすということです。その代表的な料理がこの刺身だといっていいでしょう。たとえばフランス料理だと材料を必ず加工しますが、これとは対照的といえます。刺身は、生の魚を適当な大きさに切り、醤油をつけて食べます。この料理は、いかに優れた材料を見分け料理するかが板前の腕の巧拙を分けるのです
懐石とは、禅僧が懐を温めるために抱いた熱い石のこと。小さな石では十分体を温めることができないように、この料理も量が少なくて十分に空腹を満たすことはできません。主に茶の湯(茶道)で、茶を出す前に出す簡単な食事のこと。茶道は仏教の禅の精神を基本としているため簡素を旨としています。従ってこの料理も、基本的には獣肉を排し、菜食が中心となっています。しかし、料理屋で出す懐石料理は仏教精神とは離れ、簡素よりもその味を競うことに終始しているようです。