節分とは本来、「季節の分かれ目」を意味していましたが、現在では特に、立春の前日である2月3日ごろがこれに当たります。この日の夜、人々は炒った大豆を家の内外にまきながら、「鬼は外! 福は内!」と唱えます。その年の健康を祈るため、大豆を自分の年の数だけ食べるという習慣もあります。また、寺や神社でも大がかりな豆まきが実施されます。
2月11日は建国記念の日で、国民の祝日の1つです。「建国」といっても、アメリカの独立記念日のように歴史的な日ではありません。初代天皇である神武天皇が即位したのは2月11日だという神話に基づき、その日を日本が始まった日と定めたのです。第2次世界大戦後に歴史的根拠がないためにいったん中止されましたが、1967年に復活しました。
供養とは仏教で、死者の霊に供え物をして冥福を祈ることですが、人間以外に対する供養も古くから行われています。例えば、かわいがっていた動物が死んだり、長い間使い続けてきた道具がその役目を終えたりしたときは、哀惜の情や感謝を込めて供養すべきだとする日本独自の考えから、それらのものへの供養も行われてきたのです。
今はややなじみが薄くなった感がありますが、2月8日または12月8日に行われる針供養は、その代表的なものです。1年間使ってきて折れたり曲がったりした針を供養するため、当日は裁縫を休んだり、折れた針を豆腐やこんにゃくに刺し、神社に納めたり土に埋めたりします。
春分の日は、3月21日ごろ、太陽が春分点に達する日で、昼と夜の長さが等しくなります。日本では自然をたたえ、生物をいつくしむ日として、国民の祝日にも制定されています。春分の日をはさんで前後3日ずつの7日間を「春の彼岸」といいます。彼岸とは仏教で「あの世、極楽」を指し、仏教信者でなくてもこの期間には墓参りをします。墓をきれいに掃除して花や線香などを供え、故人の霊を弔うのです。
おはぎは日本の伝統的な菓子です。もち米にうるち米を混ぜて炊き、軽くつぶして丸めたものに、あん、またはきなこやごまなどをまぶして作ります。年2回、春と秋の彼岸には欠かせない食べ物で、元来は先祖の霊にお供えするために家庭で作っていたものですが、今では一般的な和菓子の1つとなりました。
彼岸は年に2回あり、それぞれ春分の日と秋分の日を真ん中に挟んだ1週間をさします。彼岸とは仏教用語で「死者が渡る川の向こう側」を意味するもので、こちら側が生きた者の世界であるのに対し、向こう側は死者の世界というわけです。その向こう側にいる先祖の霊を慰めるため、彼岸には墓参りに行きます。なお、丁寧に「お」を付けて「お彼岸」と呼ぶのがふつうです。
ひなとは女の子が遊ぶ小さな人形で、平安時代(794-1185)からありましたが、江戸時代(1603-1867)に現在の形になりました。赤いもうせんを敷いた5段か7段のひな段の最上段に天皇・皇后を模した一対の「内裏びな」が並び、以下「右大臣・左大臣」「三人官女」「五人ばやし」などが各段を飾ります。しかし最近では簡略化して内裏びなだけを飾る家も増えています。
ひな祭りは3月3日、女の子の成長や幸福を願う行事です。女の子のいる家庭の多くはひな人形を飾り、桃の花やひなあられ、菱餅、白酒などをひな人形に供えます。ひな祭りの起源は、身のけがれや災いを人形に移し、川に流して厄払いしたという古代中国の風習にあります。これが日本に伝わると女の子の人形遊びと結び付き、江戸時代(1603〜1867)からはひな祭りとして行われるようになりました。
美しく咲いた桜を観賞し、遊び楽しむため公園などに出かけることを花見といいます。日本では3、4月に桜の花が満開になると、家族や職場の仲間、友人たちと一緒に花見に出かける習慣があるのです。桜の花の下にござなどを敷いて酒を飲んだり、歌を歌ったりして春の到来を楽しみます。都会では特に夜桜見物に人気があります。春の夜空には、満開の桜の美しさがよけいに強調されます。
4月29日は緑の日です。この日は亡くなられた昭和天皇の誕生日だったのですが、環境問題に関心の高かった天皇にちなみ、1989年から緑の日として新たに国民の祝日となりました。日本はこの日からゴールデンウィークに入ります。5月3日の憲法記念日、4日の国民の休日、5日の子供の日のほかに土・日曜日も入るため、正月休みと夏休み以外では、いちばん休日が多い週となるのです。