カード発行枚数

クレジット・カードは、金融・流通関連各社が競って利用者の拡大に励んだため、急速に普及しました。特に若い世代の使用者の教育が不十分なことなどから、多重債務を抱え込んで自己破産に陥る人も急増しています。




貯蓄

日本の家計の貯蓄率は近年漸減傾向にあるものの、1960年代から70年代を通じては約20パーセントを維持し、現在も欧米先進国と比較して高い水準にあります。この貯蓄率の高さが投資資金の支えとなり、高度成長を助ける要因にもなりました。

日本人の貯蓄率が高いのは、病気や災害時、あるいは老後の生活において、社会保障に対する不安が強いことと、子供の教育費や住宅の建設・購入費が非常に高額になるという事情があるからだと考えられています。また、韓国や台湾の貯蓄率も非常に高いことから、質素倹約を重んじる儒教的価値観の影響も少なくないと考えられます。




財テク

財テクとは「財務テクノロジー」の略称です。これは「資金を証券投資や不動産などで運用して利益を上げること」を意味し、1986年ごろから一般化しました。円高不況の進展によって設備投資に消極的になった日本企業は、余剰資金を有価証券や土地に積極的に投資し、配当金や売却金で利益を上げようと考えたのです。

この「財テクブーム」は企業のみならず個人にも波及し、高利の抵当証券やマンション、首都圏の土地への個人投資が活発に行われました。この過剰な財テクブームが地価高騰の一因になったともいえるでしょう。しかしバブル経済の崩壊とともに、財テクブームも一段落したようです。




在日外国人

1992年には総人口に占める外国人登録者の割合は1.03%となり、5年間で1.3倍になりました。80%近くがアジア出身者、特に韓国・北朝鮮出身者ですが、その割合は低下し南米出身者が増えて14.6%になっています。これはブラジルやペルーの日系人やその家族が帰国、定住したためです。アメリカやオーストラリアなどの移民で作られた国とは違って、日本は外国人の入国管理が厳しく、特に労働目的での入国には厳しい条件を設けています。




外国人労働者

円が国際的に強い通貨となり、日本で働けば大金が稼げると考える人々が増えています。しかし入国審査が厳しいため、バブル経済時代は、観光ビザなどで入国して働き、ビザの期限が切れてもそのまま滞在し続ける不法就労者が急増しました。しかしバブルが崩壊すると失業者が増え、不法就労者も漸減する傾向にあります。




商社

日本の商社は、地球上のあらゆる場所で、あらゆる商品とあらゆる事業をあらゆる形態で取り扱います。その事業内容の多様さゆえに、総合商社とも呼ばれています。総合商社の規模は大きく、日本の輸出の5割、輸入の4割を大手9社だけで占めています。

商社は外国の資源開発に協力し、それを輸入して国内の産業資源の不足を補ったり、中小企業への融資や海外市場の開拓で国内産業を育成したりします。また、貿易不均衡が問題となった際は、海外との合弁事業や輸入促進を進めるなど、政府の政策に協力し、経済の発展に貢献するという、諸外国の企業には見られない特色があります。




転勤

日本では、企業が終身雇用制をとっていることもあって、社員は企業への帰属意識が強く、家庭の事情より会社の都合を優先させるのが当然だと見なされる傾向にあります。従って、転勤を命じられたらそれを断ることは困難でした。しかし、転勤すると受験を控えた子供には教育上不利になるし、持ち家があれば、不在時の管理もしなければなりません。そのような場合は、父親は妻と子供を残し、単身で勤務地に赴任することになります。家族が別れて生活することには経済的にも精神的にも問題が多いため、単身赴任は社会問題にもなっていますが、最近では企業も社員の希望を優先させるなど、対応策をとり始めています。




労働時間

日本人は第2次大戦後、壊滅的打撃を受けた経済を復興し、生活を豊かにするために懸命に働きました。そのため、1960年代を中心とする高度成長期を経て日本は経済大国に成長しましたが、一方で輸出超過や相変わらずの長時間労働に対しては、他の先進国から仕事中毒だと批判されてきました。そこで政府は完全週休2日制の普及や有給休暇の取得率の向上などで、年間実労働時間を減らす方針を打ち出したのです。バブル経済の崩壊後の不景気は、図らずも時短を促進する効果がありました。日本の企業戦士たちは突然手にした自由時間に戸惑いながらも、教養講座やボランティア活動に参加するなど、新しい生き方を模索しています。




労働条件比較

日本の労働時間の長さは、1日当たりの労働時間が長いというよりは、週休2日制の普及の遅れなどによる休日の少なさのせいであることが分かります。また、国際的にみても、日本の女子の労働条件の悪さが目立ちます。




男女雇用機会均等法

この法の正式名称は『雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律』といい、雇用における男女差別を解消する目的で、1986年4月から施行されました。これにより、従業員の募集・昇進・賃金・定年などにおいて男女差別をしてはならなくなったわけです。

しかしながら実際は、職場での男女差別の撤廃にはなかなか至らないようです。また、男女平等をうたうがために、女性労働者にも深夜勤務をさせることが可能になったことなど、男女の仕事をめぐっての軋轢は相変わらず続いており、法の見直しを求める声も上がっています。