政府開発援助

日本の政府開発援助(ODA)額は世界第1位です。しかしODA以外にも、日本の経済力に見合った対外援助が世界中から求められています。




国民総生産

日本のGNPは、世界の最高水準にあります。第2次大戦で壊滅的な打撃を受けながら、ここまで発展してきたスピードは奇跡とさえいわれました。しかし、国民の生活レベルは必ずしもこれに比例していません。生活者重視の改革が、これからの政府の課題となっています。




貿易

日本は地下資源がほとんどないので、原材料を輸入して製品を輸出する貿易立国です。しかし日本が輸出に努力すればするほど貿易の黒字が増えてしまうこととなり、日本の輸出に世界各国が規制を加えるようになりました。同時に日本の非関税障壁を撤廃する要求も高まったのです。




国民所得

日本は、今や経済大国といわれるほど経済的な実力は世界でトップクラスですが、1人当たりの国民所得も順調に伸びてきました。1990年で10年前の2.5倍にも増加しています。これをOECD加盟各国と比較してみると、第5位となります。




高度成長期

高度成長期とは、1950年代から1970年代の十数年間の、経済成長率が年平均10パーセントを越えた時期をさします。この時期の日本では、技術革新により新産業が生まれ、生産技術が飛躍的に向上する一方、労働力にも恵まれ、生産された製品は国外へ大量に輸出されています。そして高度成長期を境に、日本の国民生活は大衆的規模で上昇しました。政府の所得倍増計画が実現し、家庭には電化製品がつぎつぎに導入されるなど、生活も大きく変化したのです。

しかし年月が経つにつれ、都市への人口集中と農村の過疎化、環境破壊や公害が大きな問題となり始め、1973年のオイル・ショックとともに、高度成長期は終焉を迎えました。




バブル経済の崩壊

国土の狭い日本では、土地が最も確実な資産と見なされています。バブル経済とはこうした「土地中心主義」を基礎にした、「実態の価値以上に膨らんだ(泡)経済」を指します。1980年代後半の日本は、まさにバブル経済全盛期でした。銀行の過剰融資により地価が急騰、さらに企業がその土地を担保に借金して株に投資したため、株価も急騰したのです。しかし90年代に入ると、金融引き締めや土地融資の規制強化などで地価上昇に歯止めがかけられ、バブル経済も崩壊しました。首都圏の地価は下落へと転じ、株価も低迷するなど、かつて日本を支配した「地価も株価も下がることはない」という神話を覆したのです。




日本的経営

その特質を3つ挙げると、終身雇用制、年功序列、企業別組合となるでしょう。欧米では労働力や経営力などの機能を雇用するのに対し、日本では人間の能力のすべてを雇用すると考えるため、従業員は1つの企業に定年まで勤務することが前提となり、勤続年数に応じて賃金や地位も上がっていきます。また、企業内部に組織された組合も、労使間の共存共栄にうまく働き、これらが一体となって従業員の企業に対する忠誠心が培われ、組織も円滑に運営されてきたのです。日本の経済的繁栄にはこれらの特質が大きく貢献したとされています。




食費

日本の家計の総支出に対する食費の割合は、ヨーロッパとはほぼ同水準ですが、アメリカよりは高くなっています。

日本人の食事の内容は、女性の社会進出や独身者の増加によって、外食や調理食品の割合が高くなってきています。




物価国際比較

東京の物価は食品以外の分野でも、家賃、エネルギー・水道、被服などの分野で割高になっています。東京の方が安いものもありますが、海外旅行が一般的になってきたことなどから、格差を強く実感する人が増えてきています。




カード社会

日本は治安がよいので現金を持ち歩いていても奪われる危険性が低く、クレジット・カードの必要性はそれほど高くありませんでした。その上、クレジット・カードを使うのは借金することだとして厭う風潮もありました。しかし、銀行や流通関係の企業が自社のシェアを拡大するために競ってカードを乱発したことから、日本は世界でも有数のカード大国になったのです。

過当競争のため、付加価値サービスは諸外国に比べて格段に充実していますが、ステイタス・シンボルとしての価値は欧米程ではありません。また、市場流通量は低く、ほとんど使われないカードが半数以上と見積られています。