琵琶は東洋の弦楽器の1つです。起源はペルシア・アラビアとされ、インドや中国を経て奈良時代(710〜784)に日本に伝わりました。木製で楕円形をした胴に4本ないし5本の弦が張ってあり、ばちを使って弾きます。『平家物語』などを語るときに伴奏に使われることで有名で、女流演奏者による演奏会も行われています。
文楽は人形劇の1つで、17世紀から盛んになりました。能、歌舞伎と合わせて三大古典演劇といわれています。三味線の伴奏と語りからなる浄瑠璃に合わせて人形が操られ物語が展開していきます。人形を使うことを除けば歌舞伎とよく似ており、人形の動きの巧みさには観客も思わず引き込まれてしまうのです。実際、劇作家・近松門左衛門が文楽と歌舞伎の両方の脚本を書いたことが、両者の発展に大きく寄与しました。文楽の人形は顔、胴、手、足、衣装からなり、大きさは1〜1.5メートルです。通常、3人の人形つかいが舞台の上で1つの人形を操りますが、その動きの巧みさゆえ、人形つかいの存在は観客に意識されません。
浄瑠璃とは、三味線伴奏による語り物です。もともと室町時代(1392〜1573)に誕生した語り物の中に、牛若丸と浄瑠璃姫のロマンスを題材にした物語があり、人気を博したことから、その後、新しい語り物を浄瑠璃と総称するようになりました。 江戸時代(1603ー1867)に入ると、浄瑠璃は多くの流派に分かれました。現在はそれぞれ独立したものとして扱われており、「浄瑠璃」といえば、そのうちの有名な一派である義太夫節を指すこともあります。また、浄瑠璃と人形劇を組み合わせた人形浄瑠璃の1つに文楽があります。
薪能とは「薪の宴の能」という意味で、本来は奈良の興福寺に薪を献進する際に行われた能のことでした。その後いったんは絶えたものの、近年簡略化して復興しました。最近は、夕方暗くなってから、薪の火を照明代わりにして野外で行う納涼能のことも薪能と呼んでいます。夜の海や林を背景にして薪の明かりで演ずる能は、幽玄がさらに増して迫力があり、新たな人気を呼び起こしています。
義太夫は文楽とともに発展した浄瑠璃の一派で、「義太夫節」の略称です。17世紀末、三味線の名手である竹本義太夫が浄瑠璃を大成したことにちなみ、このように呼ばれています。 浄瑠璃のほかの派に比べると最も語り物的性格が強く、登場人物の感情表現がはっきりしているのが特徴で、伴奏に使う三味線は低音域で力強い音色のものが使われます。
落語は江戸時代(1603〜1867)に発達した寄席演芸で、寄席と呼ばれる演芸場で演じられます。落語家は着物姿で高座という舞台に座り、主に対話形式で、語呂合わせや洒落を用いながらこっけいな話を独演します。話の終わりには「落ち」がつくのが特徴です。小道具には扇子や手拭いが使われます。落語家はこれらをいろいろなものに見立てながら、観客を想像の世界へ導くのです。 落語は男性が語るために改良が重ねられてきた話芸で、歌舞伎と同様に、男性が女性をも演じられるように工夫されています。しかし、最近女性の落語家が現われて話題になっています。
主に2人の芸人が1組になり、面白おかしく言葉をやりとりして観客を笑わせる寄席演芸の1つ。新年を祝う歌舞が寄席演芸に変化したもので、昭和時代(1926〜1989)初期に対話中心になりました。落語に比べ漫才は現代的です。2人がこっけいな役割を分担し、やり取りの面白さやアドリブの巧みさが客を楽しませます。落語家と同様、漫才師もテレビのバラエティー番組で大活躍しています。
講談は落語同様、寄席演芸の1つで、17世紀に始まったとされています。釈台と称する小机を置き、講釈師はそれを張り扇で打ちながら、軍記や武勇伝などを独特の調子で語るのです。1920年代以降は映画や軽演劇に圧倒されたり、講釈の名手が亡くなったりして不振となった時期もありましたが、近年は女性講釈師の活躍も目立ち、新作も発表されるなど、再び盛り返しの兆しを見せています。
邦楽とは広義には日本の音楽のことですが、一般には近世に発達した三味線、箏、尺八などの音楽のことをさし、雅楽や民謡は含まれません。 邦楽を大別すると、浄瑠璃をはじめとする語り物と、長唄や小唄をはじめとする歌い物とに分けられ、いずれもその主たる伴奏楽器が三味線であるという共通点があります 邦楽は伝統音楽であるため、現在では万人向けというよりは、主に専門家や愛好家によって演奏され、楽しまれています。しかし最近は、和楽器と洋楽器を組み合わせることによって邦楽と西洋音楽とを融合させ、新たな音楽を生み出そうとする若手のバンドも出現しています。
漢詩に節をつけて吟詠するのが詩吟です。琵琶を伴奏とする琵琶歌の中から吟詠の部分だけを取り出し、そのほかの部分を削り落とした形で世間一般に詠われるようになりました。琵琶歌に比べ習得しやすく、声を出すことで健康増進にもなることから愛好者も多く、流派、宗家などの数も毎年増え続けているようです。