日本の人形

日本には、埴輪や土偶など人の形をしたものは古代からありましたが、いわゆる「人形」と呼べるものは、9世紀に出現しています。しかし当初は信仰に関連したものが多く、玩具としての人形は、紙で作られた簡単なものしかありませんでした。 美術的、工芸的な要素を持った人形は、人形浄瑠璃が出現した後、18世紀から作られ始めたとされています。その後は、茶を運ぶぜんまい仕掛けのからくり人形など複雑なものも現れ、ひな祭りが盛んになると豪華なひな人形も作られました。現在では郷土色豊かな人形が日本各地で生産されています。




こけし

こけしは女児の姿を表した木製の郷土人形です。円筒形の胴に丸い頭が特徴で、ふつう手足はついていません。東北地方の特産で、17世紀から18世紀ごろ、温泉の湯治客の土産用に作られていたものです。現在でもその愛らしく素朴な姿に根強い人気があってコレクターも多く、観光土産の1つとして東北地方以外でも製造・販売されています。 こけしの原木には主にミズキやサクラが使われます。その原木をろくろに取り付け、回しながら削ります。そして形を整えた後、髪や目鼻を頭部に、着物を胴体に、それぞれ筆で描いていくのです。この技術は職人芸といえるもので、師から弟子へと受け継がれていきます。




根付

江戸時代 (1603〜1867)までの日本人は和服のみを着ていたため、必ず帯を締めていました。その帯に、主に男性がたばこ入れや印籠、巾着などをひもで挟んで下げました。そのひもの先端に付けてある小さな彫刻のことを根付といいます。珊瑚、めのう、象牙などを使って人物、動物などを精巧に彫刻したもので、現在では芸術品として高い評価を得ています。




香道

仏教伝来(538年)とともに香(こう)が中国から日本に伝えられました。初めは仏前に用いられましたが、少しずつ香を独立して楽しむようになり、室町時代(1392 〜1573)の中期には茶道とともに発展し、1つの独立した芸術としてその様式が確立しました。香道では、香木を炊いてその香りを観賞する、2種類の香の優劣を判定して遊ぶ、幾種類かの香を炊いて1つのテーマを表現する、などがあります。




七宝焼

「七宝」とは仏教で金、銀、珊瑚などの7種の宝物をさしますが、七宝焼とはその七宝をちりばめたように美しい焼物という意味です。銀や銅などの金属や陶器の素地にガラス質のうわ薬を焼き付け、花や鳥などの模様を表し出します。それを高温で熱し、うわ薬が2、3分でガラスのような状態に変化すると、それを磨いて仕上げます。アクセサリーや皿などがよく作られます。 8世紀ごろ、ペルシア、ヨーロッパ地域から中国経由で伝えられましたが、いったんすたれました。その後、再び17世紀に朝鮮からその製法が伝わり、現在に至っています。手軽にできる手工芸の1つとしても人気があります。




屏風

屏風は風を防ぐため、あるいは仕切りや装飾のために室内で用いられる家具です。高さは5尺(約1.5メートル)、幅は2尺(約66センチ)を標準とするものを2枚から6枚ほどつなぎ合わせて波状に折り曲げ、倒れないように立てるのです。側面には紙が張られ、片面には金箔や銀箔を使って大和絵などが描かれています。 朝鮮から贈られたという記録が最初で、平安時代(794〜1185)には、宮廷貴族の間で用いられていました。その後、寺院でも使われるようになり、安土桃山時代(1573〜1603)以降武士や庶民にも広まりました。現代では結婚式などの儀式のとき以外、日常生活ではあまり使用されません。




十二単

十二単は、平安時代(794〜1185)以後の宮廷婦人や武家の娘の正装です。奈良時代(710〜784)の女官が着用していた衣装が変化したもので、現在でも皇室の結婚の際は十二単が着用されます。最近では1993年の皇太子の結婚式に雅子妃が着用して、テレビで全世界に報道されました。一般人が着用する着物とは違い、下着の上に色鮮やかな着物を、ふつうは12枚重ねて着ます。すそは長く伸ばし、引きずって歩くのです。 なお、十二単を着るときは「すべらかし」という、後ろに長く垂れ下げた髪型にし、手には桧 扇 を持つことになっています。




日本刀・刀

日本刀は、日本固有の方法で鍛えた刀で、その優れた切れ味と美しさによって海外にも早くから知られていました。片刃で反りがあるのが特徴です。柄の根元には、敵の刀を受け止めたり、柄を握る手を守ったりするため、つばという金具を入れます。 刀は武士の魂といわれ、江戸時代(1603〜1867)には武家社会の象徴ともされていました。明治時代(1868〜1912)に入ると武士は廃業を強いられ、刀も禁止されました。その後は軍隊の将校が地位の象徴として持っていました。戦後はその澄み切った清らかさと美しさから芸術品として鑑賞する以外には、所持することを禁じられています。




熊手

熊手は穀物や落ち葉をかき集めるための道具で、ふつうは竹でできています。熊の手のように爪が広がっているため「熊手」といわれ、現在でも一般に広く使われています。 この熊手が昔、祭礼の日に神社の境内で売られることがありました。とりわけ、商売繁盛の神がまつられた神社で熊手がよく売れたことから「熊手で金儲けができる」といわれ始めました。さらにそれが「熊手は金銀をかき集めて取り込む」と発展し、さまざまな飾りが付けられ、縁起物の1つとして売られるようになったのです。 毎年11月に神社で行われる酉の市では、今でも縁起物として人気を集めています。




日本庭園

日本庭園は、幾何学的に作られた西洋のものと比べ、自然景観を重視した作りになっています。土を山の形に盛ったり、池を海に見立てたり、水を引いて川を作ったりして自然世界を模倣したものが主で、飛び石を配置し、腰掛けを置いた茶庭を取り入れることもあります。 そのほか、代表的な日本庭園の形式に枯山水があります。これは水を使わず、石や砂だけで山水を表現する庭です。石組で山や滝を表し、敷きつめた白砂に竹ぼうきなどで水の流れを描き、川を表現するのです。室町時代(1392〜1573)に中国から輸入した山水画の影響を受けており、多くは院の前庭として作庭されています。